月夜見 “いつまで正月”
         〜大川の向こう

 
新しい年が明け、三が日に松の内と日は過ぎて。
七草を過ぎれば、北国以外の大概の小学校は始業式。
三が日を過ぎればお仕事が始まる大人とは違って、
ずんとのんびり過ごしてたお子達も、
いよいよ新学期が始まっての“冬休み”が終わるわけで。

 「おーい、ルフィ〜。」

大川の中州の小さな里の小学生は、
四年生までは里の中の学校へ通い、
五年生以上は艀に乗って
川向こうの大町の学校へと通う…のだが。

 「おや、ゾロ。」
 「どうしたね、こんな時間に。」

船着場に行ってないと登校時間に間に合わないんじゃあと、
大川での回船運送を営む事務所の若い衆が、
裏手の社員長屋から出て来がてら、
馴染みの坊主の姿に“おややぁ?”とのお声をかけてくる。
五年生の剣道小僧、
なかなかの腕前のちびっこ剣士として名を馳せている、
この里に唯一の道場の息子でもあるゾロといい、

 「確か今日から学校だろに。」

家庭持ちでなくたって、そのくらいのカレンダーは把握済み。
何たって赤髪の社長のところのチビさんも、
まだ小学生なもんだから、
やれ夏休みだ、やれ遠足だと、いかにもな学校行事も
生活の中や業務にまでも、どんどん幅を利かせておいで。
まま、お仕事が輸送業なんだから、
特別な行事向けの物資輸送というので“ああそんな時期か”なんて
感慨を覚えることは前々からありはしたけれど。

 『明日は運動会だ、応援に行くぞ!』
 『明日は学芸会だ、誰かデジカメ担当しろよ!』

さすがに業務にまで響かせることはなかったけれど、
親バカな社長が、何かといや
かわいい次男坊優先の浮かれようをするものだから。
いつ夏休みが始まるか、いつ冬休みが終わるかなんてのは、
社員達には基本中の基本。
嫌でも覚えてしまうというもので。
それぞれに、流れの急な大川での操船を、
日々こなしておいでの荒くれたちだ、
結構な雄々しさのお兄さんたちにそうと聞かれて、
だがだが、こちらも小学生にしちゃあ腹の座ったお兄ちゃん。
力みの張った眼差しが男らしさをまとい始める年頃合いの、
そんな頼もしいお顔で見上げてくると、

 「大町のガッコは休みなんだ。」
 「はい?」
 「艀が出ないから休みだってサ。」

たまに、台風の影響などで風が強くて艀が出せず、
已むなく里の子らが公欠扱いになることがあると、
聞いたことはあるけれど、
今日は穏やかな晴天で、寒さも緩んでなかなかにいい日和。
それにそれに、そんな情況だったなら、
彼らだって今日の仕事に関わるのだ、
親方、もとえ、社長か副社長から通達があるはずで。
おい何か聞いてるか?
いや何にも。携帯にも何も届いてねぇしな。と。
お兄さんたちが顔を見合わせているところへ、

 「おいこら、そこで何してる。」
 「あ、ベンさん。」

切るのが面倒なのか、長いほうが面倒がないからか、
うなじで束ねて背中の中ほどまでという黒髪を
トレードマークにしておいでの
頼もしき副社長さんが、やはり長屋から出て来てそのまんま、
まずはと社長のご自宅へと顔を出しに来たところ。
とっとと持ち場の船着場へ向かえといわんばかりの
鋭い視線を向けてきたものの、
彼らが小さなおにいちゃんと
向かい合っていたことに気がついて、

「…ああ、ゾロか。
 すまんな、ウチの社長が無理言って。」

   はい?

「俺はいいけど、他の人らも迷惑してっぞ?」
「だよな。反省させんとな。」

   もしもし?と

結構肝の据わった坊主じゃああるが、
それでもやっと二桁世代の小学生。
それを相手に、こちらさんも…
荒くれ相手に睨みの利く一端の偉丈夫たる副社長さんが、
すまんなと詫びを入れたというのが只事じゃあない。
ますますのこと、
なんだなんだと
不可解な出来事へ混乱しかけていた若い衆たちだったが、

 「あ〜〜〜、ゾロだ。」

玄関の模様ガラスの嵌まった格子戸が、
がらがらがらっとにぎやかに開き、
そこからお声とともに飛び出してきたのが、
この家の皇子、小さな次男坊くんであり。

 「どした、ガッコいかねぇのか?」

まだパジャマ姿の坊やの、やや上からの言いようへ、

 「まぁな。俺のほうは休みなんだが、
  お前はそろそろ出なくちゃいけない時間じゃねぇのか?」
 「おっとぉ。」

こいつわいけねぇや、なんて、
ちょっぴり時代がかった物言いなのは、
正月に時代劇スペシャルばかりを見倒した余燼か。

 『すまねぇが、ゾロ、
  ウチのチビ助を叩き起こして
  ガッコに行かせてくんねぇか?』

新学期早々の遅刻ってのは、
そのままずるずると癖になりかねねぇからよと、
もっともらしいことを朝一番の電話で要請してきた、
こちらの坊やのお父様は。
艀の船頭さんたちを懐柔し、
渡し舟が調子悪くなったので、
万が一を考え、
子供を乗せての出港は出来なくなりました…と。
恐ろしい うそっこの連絡をさせたという、
前代未聞の暴挙に走ったほどの親ばかで。

 “こんな田舎にもいたんだ、モンスターペアレンツ。”

ホンマヤね。(笑)
正月ボケでか、寝坊の癖がついちゃった坊や、
大好きなお兄さんと一緒に、
元気良く新学期のガッコに行きましょうね?





  〜Fine〜  12.01.10.


  *夜更かししまくりで寝坊の癖がついたのも、
   きっと、お父さんがつき合わせたからに違いなく。
   …しっかりしろ、大人
(笑)

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